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青森地方裁判所 昭和31年(ワ)111号 判決

原告 八沢慶次郎

被告 根川貞太郎 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告根川貞太郎は別紙目録第一記載の、被告浅利四郎は別紙目録第二記載の各土地の所有権を原告に移転することにつき、青森県知事に対しそれぞれ許可申請手続をし、右許可を条件として原告に対しそれぞれ右土地の所有権移転登記手続および右土地の引渡をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決ならびに右県知事の許可申請手続および土地の引渡を求める部分につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、被告根川貞太郎は別紙目録第一記載の田地の、被告浅利四郎は同目録第二記載の田地の各所有名義人である。

二、被告等は原告に対し昭和二三年三月一日それぞれ右の田地を青森県知事の許可を条件として贈与し、同県知事に対し所有権移転の許可申請をなし、その許可を得たときは昭和二七年一二月一日右田地を原告に引渡しかつその所有権移転登記手続をすべきことを約した。

三、原告は被告等に対し右約旨に基く履行を求めたが、被告等はこれに応ぜず、県知事の許可があつても右登記手続ならびに引渡をしない虞があるので予めその請求をなす必要がある。よつて本訴請求に及んだ。

と述べ、被告等の抗弁に対し、

本件田地がもと原告の所有であり、被告等主張の日時に自作農創設特別措置法(以下自創法という。)の規定により小作地として買収ならびに売渡の手続がなされ、被告等がその所有権を取得したことは認めるが、本件田地が小作地であつたこと被告等がその小作人であつたことは否認する。右田地は現実には原告の保有限度内の自作地であつたもので、原告は昭和二三年三月一日これを被告等にそれぞれ無償で譲渡することとし、その所有権移転の手段として原告自らの申出により自創法による買収売渡の手続を続たものである。従つて、被告等の主張するように本件契約を脱法行為として無効というのは当らない。

と述べ、立証として、甲第一、二号証、甲第三号証の一、二、甲第四ないし第六号証を提出し、証人八木沢義一の証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中第一項の事実は認め、その余の事実は否認し、抗弁として

一、別紙目録記載の田地はいずれももと原告の所有であつたが、保有限度を超過する小作地であつたため、昭和二三年一〇月二日自創法第三条の規定により買収されたものである。そして、被告根川は別紙目録第一記載の田地の小作人、被告浅利は同目録第二記載の田地の小作人であつたので、被告等は同法第一六条の規定により昭二三年一〇月二日政府からそれぞれ右各田地の売渡を受け昭和二五年三月三一日それぞれ所有権移転登記を受けたものである。従つてかりに原告主張のように被告等が右の売渡を受けた田地を昭和二七年一二月一日原告に無償贈与することを約したとしても、右は原告が窮極において強行規定である自創法による買収を免れたと同一の結果を得んとする意図に出でた脱法行為であつて無効たるを免れない。

二、なおまた、右の契約について県知事の許可を得たことがないことは明らかであるから、当時施行の農地調整法第四条第一項第五項の規定により右契約はその効力を生ぜず無効というべきである。

と述べ、立証として、乙第一、二号証を提出し、被告各本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の成立は否認し、その余の甲号各証の成立は認めた。

理由

被告根川が別紙目録第一記載の田地の、被告浅利が同目録第二記載の田地の各所有名義人であること、右田地はいずれももと原告の所有であつたが、昭和二三年一〇月二日小作地として政府に買収され、被告等に売渡され、昭和二五年三月三一日被告等がそれぞれ所有権移転登記を受けたものであることは当事者間に争がない。

原告本人、被告浅利四郎の各尋問の結果および証人八木沢義一の証言により成立を認め得る甲第一号証、成立に争のない甲第四号証および第六号証、前記証人の証言および原告ならびに被告等各本人尋問の結果を綜合すると、次のような事実が認められる。

原告は青森市(当時青森県東津軽郡荒川村)大字金浜字船岡一五一番田五反五畝二二歩および同所一五二番田四反八畝一五歩を所有し、昭和二〇年まで訴外桜田平作にこれを小作させていたが、その後同人から返還を受け昭和二二年まで自らこれを耕作してきた。当時原告は右のほかに約七反歩の田を自作し、なお約一町二反余の小作地を所有していた。他方原告は今次戦争により長男と次男を失い、他には幼年の子女を擁するのみで、前記自作田を耕作するには労力が不足の状態であつた。そこで原告はその子女が成長するまで当分の間前記字船岡一五一番、同一五二番の田を他に小作させたいと考え、当時いずれも耕作地不足のため食糧補給に困難を感じていた被告両名および訴外八木沢義一と交渉した結果、昭和二三年三月一日原告は右三名との間に「原告は前記二筆の田を分割して向う五カ年間右三名に無償で耕作させること、ただし小作料を徴収しない代りに右田の固定資産税は右三名が負担すること、原告は右田を分筆のうえ右三名にそれぞれ無償で譲渡しその所有権移転登記をすること、右三名は五カ年後の昭和二七年一一月三〇日経過後原告に対しそれぞれ自己の耕作する田を無償で返還すると共にその所有権移転の登記手続をすること。」との約定を交した。そして原告は前記二筆の田より別紙目録第一および第二記載の各田を分筆し、同目録第一記載の田を被告根川に、同目録第二記載の田を被告浅利に割当て(その余の分筆部分は前記訴外八木沢義一に割当てた)、ついで当時原告は荒川村農地委員の職にあつたところから、右各田地の所有権を被告等に移転する方法として自創法による買収売渡の手続によるのが捷経と考え、自ら同村農地委員会に対し右田地を小作地として政府において買収すべき旨のいわゆる希望買収の申出をし、さらに被告等名義によりそれぞれその買受の申出をし、これに基き所要の手続を経て同年一〇月二日右田地につき政府による買収ならびに被告等に対する売渡の処分がなされた。そして、右被告等の買受の対価も原告が自らこれを負担した。

以上のように認められ、被告各本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照し信用し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定によれば、昭和二三年三月一日原告と被告等との間になされた本件田地に関する契約は、実質的には向う五カ年にかぎり無償でこれを被告等に耕作させることを主眼とするものであることは明らかであるが、単純に使用貸借による権利を設定することなく、主として税金を被告等に負担させる関係から、原告は被告等に右田地を贈与しその所有権を移転すべきことを約し、他方被告等は約五年後の昭和二七年一一月三〇日が経過したときは直ちに右贈与を受けた田地を再び原告に贈与しその所有権を返還すべきことを約したものと見ることできる。本件田地は農地であるから、県知事の許可を受けないかぎり、右契約により直ちに権利移転の効力を生ずるものでないことはいうまでもないが、右のような契約も債権契約としては有効であり、ただ権利移転の効力を県知事の許可にかからしめたものというべきである。とこで本件田地は、前記認定の贈与契約を原因として原告から直接被告等に所有権が移転されたものではなく、たとえそれが原告自らの申出に基くものであつたにせよ、自創法の規定により原告から政府に買収され、政府の手を経て被告等に売渡されたものであり、これによつて被告等がその所有権を取得したものであることは前記認定のとおりである。

しかして、自創法第二八条によれば、同法による農地の売渡を受けた者が自作をやめようとするときは、政府はその者からその農地を買取つたうえで改めて自作農として農業に精進する見込のある者にこれを売渡さなければならない旨定められている。右の規定は、耕作者の地位の安定、農業生産力の増進等を目的とする自創法によつて創設された自作地は永く自作地として維持されるのが望ましいのであり、創設自作地の処分をその所有者に委ねるときはその所有権を他に移転したり賃貸借その他による耕作権を設定することにより容易にこれが小作地化するおそれがあるので、そのような場合には真に自作農として精進する見込のある者をしてこれを所有させるため政府に先買権を与えたものであつて、換言すれば、創設自作地については相続によるほかはその所有権を直接他人に移転することを許さない趣旨のものと解することができる。右規定はもとより強行法規と解すべきであるから、創設自作地の所有者がその農地を他人に譲渡することを約したとしても、それは右強行法規に反する無効の契約といわなければならない。この理は農地の買収売渡がなされる以前にその農地の売渡を受けるべき者が買収前の所有者に対して将来その農地を譲渡することを約した場合でも同じであり、これを本件についていえば、前記認定の昭和二三年三月一日成立した被告等の原告に対する本件田地を昭和二七年一一月三〇日の経過した後原告に贈与する旨の約定は、右田地が昭和二三年一〇月二日自創法の規定に基く買収売渡を経たことによりその効力を失つたものと解すべきである。もつとも、本件田地につき自創法による買収売渡がなされたのは原告自らその買収を申出たことに基くものであり、原告は被告等に代つてその買受の申出をし、その対価をも自ら支出したものであり、原告としては被告等に対する前記約定の履行として本件田地の所有権を移転するための単なる手段として自創法による買収売渡の手続を利用したものであることは前認定のとおりであるが、それだからといつて自創法の規定による前記の制約を免れることはできないと考える。なお、自創法は昭和二七年一〇月二一日農地法の施行により廃止され、農地法には前記自創法第二八条に相当する規定はなく、創設自作地についても直接他人にその所有権を移転することが可能となつたことは明らかであるが、自創法施行当時無効であつた前記の契約が右により当然有効となるいわれはない。

以上により、前記被告等の原告に対する本件田地を贈与すべき旨の約定が有効であることを前提とする原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺忠之)

目録

第一、青森市大字金浜字船岡一五一審の二

田 一反二八歩

同所一五二番の一

田 二反四畝一八歩

第二、同所一五一審の三

田 一反六畝八歩

同所一五二番の二

田 二反九歩

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